大判例

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大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)618号 判決 1956年7月20日

控訴人 鳥羽正一

被控訴人 長尾宗一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴に対し大阪市区画整理換地予定地同市西区靭中通二丁目ブロツク第一〇四番第三号地積七九坪三合八勺(その従前の土地同所二三番地宅地一一四坪八勺)を同地上に存在する木造削板葺平家バラツク建倉庫一棟(建坪一八坪五合)を収去して明渡さねばならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「仮に控訴人のなした賃料の催告額が過失であつたとしても、その催告は適正な範囲内において有効であるから、その額の弁済の提供をしなければ債務不履行の責は免れないが、被控訴人は全く催告を無視したのであるから控訴人のなした条件附解除は有効である。又被控訴人は主文第一項記載の倉庫をその地上に所有して本件換地予定地全部を占有するものであるが控訴人の賃料催告前大阪市移転補償課において調査の結果境界の明示のないことや区劃整理による減坪によつては賃料の支払を拒めないことを諒知していたのであるから、被控訴人の催告期間徒過はこの点から見ても解除原因となる。仮に以上いづれも理由がなく、債務不履行による解除が不適法であつても、元来本件賃貸借契約は一時使用を目的とするもので期間は当初半年であつたが後一年間と改められ、昭和二六年一月末に更新したので、翌二七年一月末日限り期間の満了により終了した。」と述べ、被控訴代理人において「控訴人の右主張事実中、被控訴人が控訴人主張の倉庫一棟を所有してその敷地である本件換地予定地全部を占有することはこれを認めるが、その余の事実はこれを否認する。本件賃貸借契約は普通の建物の所有を目的とするものであるから、その賃借期間は未に満了していない。」と述べた他は原判決の事実摘示と同一であるから、こゝにそれを引用する。

<立証省略>

理由

被控訴人が控訴人からその所有にかゝる大阪市西区靭中通二丁目三二番地の宅地一一四坪〇八勺を賃料は一ケ月一坪につき一六円毎月末日持参払の約定で賃借して来たこと、被控訴人が右賃借地上に控訴人主張の倉庫外二棟の物置を建築所有して来たところ、右土地に対して、大阪市が特別都市計画法に基き実施している土地区劃による換地予定地として、同市同区同丁目ブロツク第一〇四番第三号七九坪三合八勺が指定せられ、昭和二六年四月六日その旨控訴人に対し通知せられたこと、被控訴人が該換地上に前記倉庫一棟を所有し、その土地全部を占有していること、控訴人が昭和二六年七月五日被控訴人に到着した書面により、控訴人主張の内容の催告ならびに条件附契約解除の意思表示をしたが、催告期間内に催告された賃料を支払わなかつたことはいづれも当事者間に争がない。

そこで従前土地より減坪された換地予定地への使用収益関係の移動が、その土地を対象とする賃貸借の地代に法律上影響するかどうかを考えるのに、特別都市計画法(右区画整理当時施行されていた)第七条所定のように過小宅地の地積増加のために大宅地の地積を減じ、それに対し金銭的清算のなされる場合は別として、区画整理の結果、道路、緑地帯の拡張新設等の諸施設による宅地の一般的利用価値の増進や、換地の地況が従前土地のそれより優良であるために、減歩された換地が指定される場合には、その換地は従前土地と経済的に等価値と見られているものであつて、この理は換地予定地の指定の場合も同様に考えるべきである。本件換地予定地の指定において坪数の減少を見た事由は前者-金銭的清算のなされる場合-ではなく、本件のような大都市の大規模な区画整理において一般に見られる後者の場合であると推認すべきであるから、被控訴人は従前土地の賃借人として減歩された本件換地予定地にその使用収益関係を移されたとしても、法律的には依然として賃借地である従前土地の使用収益に代るものと見られ、従つて従前土地の賃料が前記のように坪当金額を基準として定められていたとしてもその全額をもつて本件換地予定地の使用収益に対する対価と見るべきである。

被控訴人は換地予定地が三分の一減少したため利用価値が著しく減少したと主張するが、成立に争のない甲第一号証の一ないし四と原審検証の結果及び本件口頭弁論の全趣旨(控訴人陳述の昭和二九年九月一〇日附準備書面記載の事実を被控訴人において明かに争わない)によれば、本件換地予定地は従前土地の東北部とそれに北接する他の土地とに跨り南北一四間七二東西五間五八の矩形の区域として指定され、その南部は従前土地の道路敷に編入される部分に接し、具体的に見るも、その使用収益をもつて従前土地の使用収益に代るものとする前説示の例外として扱うほど換地上の不当は認められない。若し被控訴人がその所有にかゝる建物等の使用上移動を必要とするに至つたとすれば、都市計画実施者に対し損害の補償を求むべく、いづれにしても被控訴人は民法第六一一条により賃料の減額を請求しえないものと解するを相当とする。次に被控訴人は控訴人が賃借地(従前の土地)の内区画整理により削減される部分三〇坪三合を訴外平野外二名に賃貸して被控訴人をして使用収益せしめる義務を履行しないと主張するが換地予定地が指定されると、特別都市計画法第一四条第三項所定の使用開始の日の定のない限り、指定日の翌日から賃借人等の関係者は従前土地の使用収益権を失い、同時に換地予定地の使用収益権を取得するのであるから、その指定後において控訴人が仮に被控訴人主張のような賃貸借契約をしたとしても、被控訴人に対する債務不履行を来さないものというべきところ、成立に争のない乙第四、五号証原審証人平野忠雄、小玉茂、当審証人福山政夫の各証言、原審及び当審での控訴人本人の供述、ならびにその供述により成立を認めうる甲第一〇、一一号証によれば、平野が右土地を賃借したのは、同人が昭和二三年以来控訴人から賃借していた大阪市西区靭中通二丁目一四番地の宅地四五坪余の換地予定地が右区域に指定されたため、その使用関係がそれによつて移つた後である昭和二六年一一月頃右三十坪余を平野外二名に分割して使用せしめることを承認して平野との賃貸借契約を改めたものであることが認められるから、その為に被控訴人の本件換地予定地に対する使用収益権に何の支障も来さないから、被控訴人の右主張も採用できない。更に被控訴人は本件土地の賃料の値上の交渉を受けその協定に至らぬ間に換地予定地指定通知があつたので、その区域の明示を受けて後協定して払うことを約したと主張するので考えるのに、成立に争のない甲第三号証の一、二、第六、七号証、乙第一号証、原審証人鳥羽俊子の証言の一部に原審証人小玉茂、当審証人磯田早登同塚本博の各証言ならびに原審及び当審での当事者双方本人尋問の結果の一部を綜合すれば、控訴人は昭和二五年八月に一般の地代家賃の統制額が改定された後被控訴人に対し本件土地の地代を一ケ月一坪二四円に値上げすべく申入れていたが、被控訴人の拒絶に遭つて一旦これを撤回し、坪一六円の計算で前払された一年分の賃料の切れた翌年二月に至り、前年八月に遡り坪二〇円に値上げするよう再び交渉した。被控訴人は二〇円の額にはさほど不服はなかつたが前年八月に遡ることを不満とし確答をさけている間に、本件換地予定地の指定通知があり、その法律関係に全く不案内であつた被控訴人は控訴人の妻鳥羽俊子(本件土地の賃料のことについては控訴人に委されて一切同人が交渉した)に折衝し、換地区域の明示を受けた上更めて値上につき協定し賃料を支払うことの諒解を得た。そこで換地予定地の指定通知書類を控訴人より借受け、大阪市当局につき調査し、換地予定地指定についての概要を知り得たので、二月分以降の賃料のつなぎとして一先五、〇〇〇円(従来も本件賃料は月々払の約ではあるが、半年ないし一年分纒めて支払われるを例とした)を同年四月一二日使の者に控訴人方へ持参して支払はせたが、右通知書だけでは換地予定地の現地の境界が明かにならないので、当局につき明示願を提出すべく準備中であつたが、何分当局は同様の願出が当時輻湊していて早急の実現を見ないでいるうち、(後昭和二十七年七月に初めて明示があつた)右五、〇〇〇円の支払を受けた控訴人は被控訴人が二〇円の値上げを承諾したものと解し、従前土地の坪数で坪二〇円として計算して賃料を前年八月に遡つて承認して支払うべく請求した。被控訴人は適正と考える賃料なれば無論支払う意思はあつたが控訴人の請求は理不尽であると考え、同年六月下旬裁判によつて両者の主張の当否を決定するの他はない旨を控訴人に通告したところ、控控人はその直後前記の催告ならびに条件附解除通告をなしたが、被控訴人は坪一六円の計算で賃料を提供するも拒絶されること明かなので右催告に応じなかつたいきさつが明かである。この認定に反する原審及び当審での証人鳥羽俊子の証言と控訴本人の供述は信用できないし、他に右認定を左右する資料はない。前記認定の事実に徴すれば、被控訴人は言明はしなかつたが換地予定地の区域が明示されて減歩についての賃料の話合がつけば昭和二六年二月以降の賃料を一ケ月一坪につき二〇円に値上げする内意であつたことは推察に難くないが、控訴人が叙上のように前年八月に遡る値上の承認を固執し、区域も明示されないのに、三分の一も減歩される土地につき従前坪数による賃料を請求する(この従前坪数による計算が必ずしも不当でないことは叙上の通りであるが、通常人の常識では理解が困難に思われるこの点につき、重大な利害関係を有する被控訴人に正解を期待するのは無理であらう)ので、結局約された賃料の協定は成立するに至らなかつたといわねばならず、自己の一方的主張を固執して前年八月に遡り坪二〇円に値上げられたとして過大な請求をする控訴人の前記催告に対し、叙上のような事情の下において被控訴人が坪一六円の割合による賃料をも提供しなかつたとしても、信義に反せず、債務不履行の責を負わないものと解するを相当とする。よつて前記解除の意思表示は効力がない。最後に控訴人は本件賃貸借契約は期間の満了により終了したと主張するが、当審証人鳥羽俊子の証言と原審での控訴人本人尋問の結果によれば、本件賃貸借は当初物置場として一時使用する目的で契約されたが、昭和二四年八月賃料を坪一六円に値上げするに際り、本建築たる倉庫を所有する目的に改めたことが明かであるから、本件賃貸借の期間はその契約期間が二十年以下であつたとしても、右同日以降借地法所定の二十年とされるので、未だ満了していないことは明白であるから、控訴人の右主張も採用できない。

よつて、控訴人の請求は理由がないから棄却すベきであり、これと同趣の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 山崎薫 喜多勝)

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